日本大使館で渡日するインドネシア人留学生78人の壮行会

日本大使館で渡日するインドネシア人留学生78人の壮行会
 日本政府の国費留学生として渡日するインドネシア人留学生78人の壮行会が3月27日、中央ジャカルタの日本大使館で開かれた。留学申請者は研究留学生(大学院への留学)が約460人、学部留学生が4600人、高等専門学校留学生が約1600人、専修学校留学生が約1800人の計約8500人に上る狭き門だったが、選考の結果、研究留学生33人、学部留学生4人、高等専門学校留学生21人、専修学校留学生20人の計78人に絞り込まれた。
 下川眞樹太公使から「日本では文化や習慣の違いなどで戸惑うことも多いと思いますが、たくさんの新しいことにチャレンジしてほしい、また、日本で体験したことをたくさんの友人に伝えて、日本の魅力を発信してくれることを期待しています」などのあいさつがあった。

日本大使館が草の根・無償資金協力で11案件に8000万円超供与

日本大使館が草の根・無償資金協力で11案件に8000万円超供与
 在インドネシア日本大使館は3月25日、日本政府が地元の非政府組織(NGO)を通じて実施するプログラム「草の根・人間の安全保障無償資金協力」で11案件に計8268万円を供与することを決定、中央ジャカルタの日本大使館で贈与契約の署名式を開いた。
 式には11の申請団体の代表者が出席した。約100の申請案件から書類審査、現地調査や申請団体の担当者にインタビューを実施、11案件に絞り込んだ。カルティカ・スカルノ財団が実施する「バリ州ギャニャール県の簡易保健所再建計画」には最高額の929万7342円、都市地方開発財団の「マルク州ヌグリ・リマ村およびシリマウ郡の防災意識向上計画」には898万6383円をそれぞれ供与する。

北スマトラで日本型消防団導入へ 地域防災の担い手に期待

北スマトラで日本型消防団導入へ 地域防災の担い手に期待
 インドネシアの北スマトラで、地域防災の担い手として、日本型の消防団を普及させようという動きが始まっている。2004年のスマトラ島沖地震・津波を契機に近年、インドネシア政府も地方の防災能力強化を優先課題に掲げており、自然災害多発国として、同様の地学的環境にある日本で発達した消防団のしくみを参考に、住民による地域の防災力強化を目指す試みだ。
 じゃかるた新聞によると、北スマトラ州では地元選出のパルリンドゥンガン・プルバ地方代表議会(DPD)議員らが中心に、団員の受け入れ窓口になる「消防団フォーラム」を設立。3月19日、メダン市で行われた消防団の結団式も兼ねた「日イ共同消防・防水国際セミナー」には消防団のリーダーになる」約20人が参加し、両国の専門家から消防団のしくみについての講義を受けた。フォーラムは今後、各地域で本格的に団員募集を開始する。地元自治体も団員への報酬など予算措置を検討しているという。
 今回の日本型消防団の導入のきっかけは、プルバ氏ら国の代表が昨年3月、国際協力機構(JICA)を通じた研修で岩手県大槌町など東日本大震災の被災地を視察した際、避難の呼びかけや救助、捜索などで消防団の果たした役割を見聞きしたことだったという。

明石高専・UGM職業訓練校が工業教育で国際交流協定

明石高専・UGM職業訓練校が工業教育で国際交流協定
 国立明石工業高等専門学校(兵庫県明石市)と、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州のガジャマダ大学(UGM)職業訓練学校はこのほど、工業教育の国際化に関する包括交流協定を結んだ。包括交流協定の経緯は、UGM職業訓練校が2012年3月以降、生徒に工業先進国の技術を学ばせるための提携先を探していた。一方、日本では独立行政法人国立高等専門学校機構が2011年に実施した「アジアの学生の高専体験プログラム」で、明石高専がインドネシア人生徒を受け入れた実績があり、ウェブサイトを閲覧したUGMの関係者が協定を依頼してきたことで、今回の締結に至った。
 スケジュールなど詳細はこれから両校で詰めていくが、明石高専の生徒が異文化交流プログラムとしてインドネシアを訪れるほか、交換留学制度で両校の生徒を派遣する予定。UGM職業訓練校からは、明石高専と学術交流を行いたいという要望が寄せられているという。
 明石高専は11年5月、中部ジャワ州スマランのディポヌゴロ大学とも学術協定を結び、工業教育の国際化に力を注いでいる。現在、提携関係がある国はブラジル、アメリカ、ベトナム。

EPAで来日したインドネシア人らの合格率9.6%に低下

EPAで来日したインドネシア人らの合格率9.6%に低下
 厚生労働省は3月25日、2012年度の看護師国家試験で、経済連携協定(EPA)で来日したインドネシア人とフィリピン人の候補者の合格率が前年度から1.7ポイント低下し9.6%だったと発表した。外国人候補者は311人が受験し、30人が合格した。日本人を含む全体の合格率は前年度に比べ1.3ポイント低下し88.8%だった。外国人候補者には今回から試験時間を1.3倍に延長し、問題文のすべての漢字に振り仮名をつける特例措置を設けたが、効果はあまりみられなかった。合格率が低下した点について、厚労省では試験自体が前年よりも難しかったことが要因としている。

イの林業高校と筑波大坂戸高が国際教育推進で連携協定

イの林業高校と筑波大坂戸高が国際教育推進で連携協定
 筑波大付属坂戸高校(埼玉県坂戸市)とインドネシア林業省付属林業高校(国内5校)は3月19日、東京都品川区の在日本インドネシア大使館で国際教育推進に関する連携協定を結んだ。日本側から東照雄筑波大学副学長、加藤衛拡坂戸高校校長、インドネシア側からはジョニー・シナガ駐日インドネシア副大使、ファトーニ林業省人材開発庁長官などが出席した。
 坂戸高校の生徒が今年12月、修学旅行でインドネシアを訪問しm西ジャワ州ボゴールの林業省教育研修センターで両校の生徒が交流する予定。また、インドネシアを卒業研究のテーマに選択した坂戸高校の生徒への学習支援、エコツーリズムに関する授業を共同で行っていく。将来的には両校で生徒を相互に派遣し、単位を取得できるシステムを整えていくという。

日・イの教育交流促進に尽力した大使館の本村書記官

日・イの教育交流促進に尽力した大使館の本村書記官
 じゃかるた新聞によると、2010年9月から約2年半にわたり、日本とインドネシアの教育交流促進に尽力してきた在インドネシア日本大使館の本村宏明一等書記官が今月末に帰任する。本村氏は将来の日・イ友好の礎となる留学生の誘致に奔走、2012年11月、両国の大学計61校の学長が参加した初の日・イの学長会議を実現させた。
 本村氏の在任中の活動は、東日本大震災がキーとなった。皮肉なことに震災で被災し大きなダメージを受けたことが、両国の人たちの心を近づけたし、今こそ日本のために何かしたい。恩返しをしたいと募金や留学生支援活動に奔走する元日本留学生協会(プルサダ)やインドネシア日本同好会(KAJI)のメンバーの心を動かした。
 また、この困難をバネにして本村氏は、日本へ留学生を呼び込もうとインドネシア国内各地を行脚した。西スマトラ州パダンや北スラウェシ州マナド、中部カリマンタン州パランカラヤなどに足を運び、日本の安全性や留学に必要な情報を提供。週末のほとんどは学校やフェアに出かけ、学生への日本留学に関する説明に費やしたという。
 インドネシアから日本への留学生志願者数は増加傾向にあり、12年5月時点のインドネシア留学生数は前年比114人増の2276人で、国別では7位となっている。 

日本で研修経験ある「ジフィリア」が日本語に込める友好の絆

日本で研修経験ある「ジフィリア」が日本語に込める友好の絆
 日本語を挿入したヒット曲「アイシテル」で知られるインドネシアのロックバンド「ジフィリア」のメンバー4人が、日本のアニメーションや音楽ライブ作品を上映するイベント「ジャパン・アニメ・Jポップ・ウィーク(じんぱくと)」の記者会見に、日本の女性4人組のロック・ポップバンド「SCANDAL(スキャンダル)」とともに参加した。
 ボーカル、ギターを担当するズルさん(32)は2003年から08年まで約5年半、日本で働いた経験があり、ギターは研修先の群馬県太田市で日本人から学んだという。様々な工場を転々としたが、名古屋にいたとき同地で公演したインドネシアの人気ロックバンドにスカウトされ、帰国後に当時日本で大ヒットした曲、日本のラップ歌手SoulJa(ソルジャ)と青山テルマのデュエット「ここにいるよ」のカバーをレコーディング。遠距離恋愛の切なさを「アイシテル」と日本語に込めた。それが2010年にはインドネシア各地で歌われるほどの大ヒットになり、「アイシテル2」「アイシテル3」と3部作を制作。さらにセカンドアルバムには「アイノアカシ(愛の証)」と日本語の歌詞の比重を増やした曲も収録。日本とは、いわば切っても切れない関係になった。
 もっと日本関連のイベントに出演し、日本とインドネシアの懸け橋として活動できたら-と語るジフィリアの、7月に東京で予定されている観光イベントへの参加、5年ぶりの再訪が楽しみだ。

バリ州駐デンパサール総領事・城田実さんの送別会に100人

バリ州駐デンパサール総領事・城田実さんの送別会に100人
 バリ日本人会、バリ日本語補習授業校、在バリ日本エージェント会(JTOA)は3月8日、サヌールのパラダイスプラザ・ホテルで、退官を控えバリ島を離れる城田実・駐デンパサール総領事の送別会を開いた。会場には日本人会メンバー、補習校の保護者や子供たち約100人が詰めかけ、歌や踊りで賑やかに城田さんを見送った。
 学生時代と合わせるとインドネシアでの暮らしが約25年という城田さん。現地の人も、インドネシアについてこれほど造詣が深く、どんな相手にもインドネシア語で堂々とスピーチできた人が、ここから離れてしまうのは寂しい-と話していた。
 補習校の小中学生らによるチアダンス・チームと音楽教室のメンバーのパフォーマンスが目を引いたほか、女性参加者らによる歌謡曲に合わせた踊りや八木節も会場を大いに沸かせた。最後は城田さんの音頭で結成された「バリ・ラグラグ会」率いるインドネシアの歌の合唱で締めくくられた。

「絆」人文字で連帯 インドネシアで「3.11」追悼式典

「絆」人文字で連帯 インドネシアで「3.11」追悼式典
 東日本大震災から2年の3月11日、世界各地で犠牲者を追悼する式典や催しが行われた。2004年のスマトラ沖地震・津波の被災地、インドネシア・アチェ州の州都バンダ・アチェ近郊の中学校校庭では、ジルバブ(スカーフ)を被った制服姿の女子生徒約30人による、直径約10㍍の真っ赤な漢字の「絆」の人文字が披露され、東日本大震災・被災地への連帯をアピールした。傍らには日本とインドネシアの国旗が並べて掲げられた。
 式典には州政府や地元漁協の関係者、中高生ら計約600人が参加。日本からは、在メダン日本総領事館の浜田雄二総領事が出席した。生徒らはこの日のために練習した日本語の歌を合唱した。