きれいな街づくりへ 芦田さんがジャカルタ国立大で講演

きれいな街づくりへ 芦田さんがジャカルタ国立大で講演
 じゃかるた新聞によると、ジャカルタお掃除クラブ代表の芦田洸さん(51)が11月16日、東ジャカルタのジャカルタ国立大学(UNJ)で行われた日本文化祭「自由祭り」で、「日本のようなきれいな街を目指すためには」のテーマで講演した。芦田さんは約120人が集まり満員になった会場で、「ポイ捨てするのは恥ずかしいこと」という意識を持ってもらうようにしたいと意気込み、何よりも「ごみを出さないことが大切」などと呼び掛け、自分たちの街をきれいにすることの大切さを訴えた。
 芦田さんの活動の原点は2012年4月、じゃかるた新聞のコラムに清掃活動を呼び掛けたところ、数人から反応があったところから始まる。同月末にクラブを創設。日曜日朝に中央ジャカルタ・スナヤンのブンカルノ競技場でごみ拾いを続け、最近では地元のテレビや新聞でお掃除クラブの活動が取り上げられるようになったという。芦田さんは常に携帯灰皿を持っていること、外国企業はインドネシアに数多く投資しているが、街が汚いから住みたくないという人も多いことなどを紹介。
 教材に、日本の小学校の掃除の時間の様子をビデオで見せるなどし、啓蒙・啓発活動用の『ごみの怪じゅう(Raksasa Sampah)』と題した紙芝居を披露した。紙芝居は現在ジャカルタ在住のイラストレーター、本多智子さんがつくったものだ。この紙芝居で今後、地元の小学校などに出向き啓発活動していくという。セミナーにはお掃除クラブのメンバー十数人も参加。講演後は文化祭会場でごみ拾いをした。

セイコー時計の”こだわり”のものづくり精神を講演

セイコー時計の”こだわり”のものづくり精神を講演
 インドネシア日本友好協会(PPIJ)は11月14日、時計大手セイコーウオッチの服部真二社長(セイコーホールディングス会長)らを招き、中央ジャカルタのホテルで「第5回ものづくりセミナー」(後援:在インドネシア日本大使館、日本貿易振興機構、元日本留学生協会)を開いた。
 今回はセイコー時計の歴史、ものづくりの理念・こだわりなど基本的な考え方の紹介と、組立・彫金の現場における技術者の実演も交えた内容となった。実演部分を担ったのが、盛岡セイコー工業内の雫石高級時計工房に所属し、高級機械式時計の組立師の桜田守氏と、彫金士の照井清氏。2人は「現代の名工」と称される厚生労働省の卓越技能賞に選ばれ、黄綬褒章を受章しており、集まった約100人の出席者は精密な作業を、静かに息を呑んで見守った。
 じゃかるた新聞によると、冒頭に講演した服部社長は、腕時計づくりを開始した1913年から今日に至るセイコーの100年の歴史を紹介。世界的にもスイスをはじめ、部品ごとに別工場でつくる水平分業型が主流の時計づくりの業界で、セイコーは部品から組立まで1社で行う垂直統合型の、世界でも数少ないマニュファクチュール(一貫生産工場)であること。この点こそが同社のこだわりであり、これが優れた製品を生み出す-と強調した。インドネシアでは1968年にアジア・ジャヤ社と販売代理店契約を締結し、現在は専門店9店のほか、600店で販売しているという。
 実演では、桜田氏は直径200ルピア硬貨ほどの基盤に、120個の部品をピンセットで取り付けていく作業を実演した。薄さは198㍉で、生産できるのは1日1個という。彫金は0.25㍉の薄さの板に、0.15㍉の深さで模様を彫る。照井氏は「もっと良いものがつくれる。もっと時間を縮められるという、貪欲さがないと工夫や努力をしない」とものづくりに対する心構えを話した。

気仙沼市長らユドヨノ大統領を表敬訪問 震災慰問の返礼

気仙沼市長らユドヨノ大統領を表敬訪問 震災慰問の返礼
 インドネシアを訪問している宮城県気仙沼市の菅原茂市長ら、同市経済界の10名を合わせた訪問団15名は11月12日午前、ジャカルタの大統領宮殿にユドヨノ大統領を表敬訪問した。同大統領夫妻は、東日本大震災後の2011年6月18日、気仙沼市を訪れ被災地を視察、仮設住宅や避難所を慰問するとともに、同市に200万米㌦の寄付を受けた。その際、気仙沼市の復旧、復興にあたり、津波災害からの復興を果たしたバンダ・アチェ市をぜひ訪問し、復興に役立ててほしい旨、訪問要請があった。
 こうした経緯から、今回はその大統領の要請に応えて同国を訪問し、気仙沼市の復興の状況を説明するとともに、寄付金の活用計画について報告するのが目的だった。2年5カ月ぶりの再会で、菅原市長ら同訪問団は笑顔で大統領と握手を交わし合った。
 同訪問団は25日に帰国するまで、この後、ジャカルタ特別州、アチェ州バンダ・アチェ市、バリ州デンパサール市を歴訪する予定。その間、インドネシア側の経済団体、水産加工業界および関連企業、港湾関係部署などと意見交換し、経済交流の発展を図る。

 

由美子バレエ教室がジャカルタ芸術劇場で慈善公演

由美子バレエ教室がジャカルタ芸術劇場で慈善公演
 西ジャワ州ボゴールにある由美子バレエ教室(由美子サントソ衛藤さん主宰)は11月10日、中央ジャカルタのジャカルタ芸術劇場で「くるみ割り人形」の慈善公演を開いた。じゃかるた新聞によると、日本からゲスト出演した森眞美さん(大屋バレエMOM代表)、英ロイヤルバレエ団に留学経験がある長田沙織さん、熊川哲也バレエ・カンパニーに在籍経験があり、現在フリーで活躍する高島康平さんらプロのダンサーが、同教室の生徒112人と共演。約530人が集まり満員となった会場からは、これらプロのダンサーの圧巻の踊りに”ブラボー”の声が上がり、子供たちのたどたどしい踊りに笑いが起き、でも可愛いと拍手の音が鳴り響いていた。今回の公演の収益は全額、ボゴールのインドリヤ自閉症センターへ寄付される。 

 

en塾(エンジュク)が「バックトゥザ戦国!」日本で公演

en塾(エンジュク)が「バックトゥザ戦国!」日本で公演
 じゃかるた新聞によると、インドネシア人学生による日本語ミュージカル劇団「en塾(エンジュク)」は11月2、3日、中央ジャカルタのジャカルタ芸術劇場で、第5回公演「バックトゥザ戦国!」を上演した。インドネシア人留学生が時空をつなぐ不思議な扉で、現代日本と戦国時代を行き来する筋書き。この演目は2014年4月に熊本、東京で公演し、東日本大震災の被災地も訪問する予定だ。
 戦国時代に迷い込んだ留学生が、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が主君・織田信長の草履を懐で温めていたエピソードから、信長が有力大名、今川義元を破り、その名を”全国区”にした桶狭間の戦いや、姉川の戦いなどを垣間見る。そのうち留学生と信長との間で、時代観念のギャップを超えた交友が生まれる…。インドネシア人の観客にも理解しやすい平易な説明と歌、ダンスを交えて、笑いとシリアスな要素が入り混じる構成になっている。
 en塾は2009年の初演から「かぐや姫」「浦島太郎」「雪女」に題材を取った日本昔話三部作を上演。2012年は大正時代の下町を舞台にした「我が輩はニャンコである」に挑戦している。

100年迎えたジャカルタの日本人会 231人から8659人に

100年迎えたジャカルタの日本人会 231人から8659人に
 ジャカルタの日本人会は10月、設立から節目の100年を迎えた。1913年(大正2年)10月、日本人商店「トコジュパン」の店主、商社員らが中心になってバタビヤ日本人会が設立された。この時の会員数は231人。その後、拡大し続けた組織・会員数も、周知の太平洋戦争勃発で一度途絶える。こうした苦難、曲折を経て、現在のジャカルタの日本人会は8659人(2012年10月、在留届けベース)に達している。100年で40倍近くに増えたわけだ。
 ただ、日本とインドネシア(蘭領東インド時代~)の関わりはもっと遡る。初めての日本人会は1897年(明治30年)、北スマトラ州のメダンで産声を上げている。そして1905年設立のマルク州のドボ日本人会、1913年7月設立の西ジャワ州のバンドン日本人会、同10月のバタビヤ日本人会へと続いたのだ。

 

日イ初の合作ドラマ「愛してる」年末年始 両国で放映

日イ初の合作ドラマ「愛してる」年末年始 両国で放映
 インドネシア日本友好協会(PPIJ)は10月24日、日本・インドネシア国交樹立55周年を記念し、初の両国合作ドラマ「愛してる」を制作、年末年始にかけ両国で放映すると発表した。インドネシアのDNAプロダクションと日本のフジテレビが企画から撮影まで手掛ける。
 両国の人気俳優が出演し、1945年の終戦後、インドネシアに残留した祖父の足跡をたどりながら、両国の新世代同士が交流を深める友好ドラマになるとみられる。主演は南圭介さん、インドネシアの新進女優プリシア・ナスティオンさん。主人公は太平洋戦争当時、従軍記者として活動した後、インドネシアで行方不明となった祖父の足跡をたどるため、インドネシアへ取材にやってきたテレビ局記者の日本人。その主人公と、テレビ局の研修生で、日本語を学んでいるインドネシア人女子学生との交流をドラマの中心に据えている。すでにジャカルタや西ジャワ州ボゴールのプンチャックで撮影に入っているおり、11月初に東京と富士山で撮影が行われる予定。
 インドネシアでは民法コンパスTVで12月22日、日本ではフジテレビで2014年1月に放映する予定。 

12月の大会に先駆けインドネシアでコマ大戦・模擬大会

12月の大会に先駆けインドネシアでコマ大戦・模擬大会
 じゃかるた新聞によると、全日本製造業コマ大戦協会は12月21日ジャカルタで開催される、海外初となる日本・インドネシア企業による本大会に先駆け、10月23日インドネシアで「模擬大会」を開いた。これは、インドネシア金型工業会(IMDIA)が会員企業のインドネシア人技術者に、試行錯誤して良いものを作る姿勢を学んでほしいと協会に働きかけて実現した。コマ協会の緑川賢司会長がインドネシアを訪れ、東ジャカルタのダルマ・プルサダ大学の学生や会員企業から12人が参加して行われた。集まった約50人が見守る中、静かな”激戦”を制したのは、自動車部品インドカルロ・プルカサのリスキーさん。
 円錐形の台の上で直径2㌢以下の2つの回転するコマが対戦、当然先に止まった方が負け。コマは参加企業が自社の威信を懸けて製作したものだ。したがって、このコマ大会は自慢の自社技術をコマに盛り込み、アピールする”見本市”にもなっているというわけだ。この盤上の戦いでは、単に良いコマを作れば勝てるわけではない。投げ手の回す力はもちろん、相手コマとの重量関係によって回す方向を変えるなど駆け引きも重要なる。日本ではすでに2回、全国大会を開催。大手メディアがこぞって取り上げるほど盛り上がりをみせているという。

 

日本大使公邸で壮行会 プサントレン教師招へい事業

日本大使公邸で壮行会 プサントレン教師招へい事業
 在インドネシア日本大使館は10月19日、日本に派遣されるインドネシア人教師12人の壮行会を鹿取克章インドネシア日本大使公邸で開いた。これは、日本政府が毎年実施しているイスラム寄宿学校(プサントレン)の教師招へい事業。同視察団は20日に出発し来日、31日まで日本に滞在する。この間、ホームステイなども交えながら、日本の教育現場を視察し、日本人教師との意見交換会などが予定されている。

島根の神楽フェスに向け練習に熱こもるバリ舞踊家ら

島根の神楽フェスに向け練習に熱こもるバリ舞踊家ら
 島根県益田市の島根芸術文化センター主催で11月2~4日開催される「ワールド神楽フェスティバル」に出演する6人のインドネシア人と日本人のバリ舞踊家らが公演に向けて熱のこもった練習を重ねている。フェスティバルでは世界の神楽を紹介。日本、インドネシア・バリ、韓国、ブラジルから奉納の伝統芸能が披露される。
 バリからはインドネシア国立芸術大学の教授や、地元の舞踊家、芸術大に留学し舞踊を続ける日本人女性が参加する。演目は寺の一番奥で行う奉納の舞で、一般的に観光客が目にする機会がないものだという。例えば、初潮を迎える前の少女2人が、目をつぶり憑依(ひょうい)状態になって踊る演目だ。彼女たち自身が奉納物となる舞を、今回は芸術大のパルティニ教授らが踊る予定だ。